龍城居士の徒然

沖縄の歴史、文化的見地、またはビジネスの可能性を考えていきたいと思います。
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地域振興

地域のために何ができるか。
地域のために何が必要か。
無い頭で模索しています。

高齢化が進んだ山間部、漁師町。
次の担い手も減少しつつある現実。
地域の衰退は文化の衰退でもあると思うのです。
どうか、都市部の方々だけでなく、地域の方々がいつまでも笑ってくらせるようお手伝いをしていきたいと思う今日この頃です。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2012年05月04日 11:09
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シーサーサー

年も明けましておめでとうございます。

さて、私はシーサーが好きで、シーサーコレクションというかたくさんのシーサーに住んでもらってます。

さすらいの旅を続けている最中、とある旅館にてこんな獅子を発見↑。
逆立ちをしている獅子はお寺などでも見かけます。
民家などでも見かけたことがあります。
ただ旅館で見たことに何かしらの意味があるのだと思いました。
寺や民家、旅館で逆立ちをする獅子が存在しているということに共通する理由はひとつしかありません。
来客に対する「おもてなし」
民俗学的な見地でも調査は可能ですが、幾分資料も少なく、具体的な結論には至っていません。
逆立ちは「芸」であり、「楽」であり、逆立ちという無防備な姿をさらすことで「表も裏もない=おもてなし」ともかけられます。
「逆立ち」は「遊び」であり守りではない。
第一、来客がいるのに構えていたらお客に失礼です。
商業的な枠だけではありませんが、お寺もお客をおもてなしします。
しかし、神社は寺よりも厳粛な世界観があり、来客はご利益を求めてきており、神が人をもてなすことは考えにくい。
神社では逆立ちした獅子はいまだに見たことがありません。

もてなしの作法の原点である茶の湯も仏教の世界観から生まれました。
そして、仏教の枠を飛び越えて逆立ちした獅子が民家や旅館に存在している事実。
装飾的な意味合いが強い可能性もあるのですが、そこで結論付けると面白くありません。
やはり逆立ちはひとつの芸であり、楽であり、人を楽しませる技であり、それによってひとつのもてなしの妙が完成します。
あっぱれですね。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2012年01月08日 22:05
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沖縄時代

ふと沖縄時代を思い出しました。
なんだか楽しくてそれでいて儚くて、淡くて。
魂が揺さぶられる思いでした。
今でもあの不思議な感覚は忘れられないと思うことが多く懐かしくもあり、悲しくて、寂しくて、文章には表せないような感情が沸き立ってきます。
私が沖縄を離れて4年近くはたつでしょうか。
沖縄の知人は元気にしているでしょうか。
影ながら沖縄の知人たちのご健康とご多幸をお祈りしています。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年12月01日 01:16
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人事異動

私の職場では人事異動が多くて、私なども何度も異動しております。
今回、私どもの部署から一人異動になり、ただでさえ少ない職場がさらに少なくなりました。
プラスに考えるようにはしておりますがどうしても腑に落ちない部分もあり、難しい局面にたたされております。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年11月27日 17:32
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職人気質

龍が舞う。
このはかない季節に龍が舞う。
それは宇宙を創造せし神の王。
果てしない虚空より降臨せし新しい宇宙。
巨大な瑞雲の中に巣を作るすべてを超越した創造神。

私は一方的な芸術至上主義は嫌いなので何のてらいもない職人の風情を愛する。
無名でもさりげなく凄いもの。
決して名乗らず、語らず、ただそこに在る美。
芸術は偉大で崇高だが、時として脆い。
絶対的なものとはいえず、そこがまた芸術の面白きところでもある。
やはり芸術は一部の人たちが楽しむものではなく、広く一般の人たちも楽しめるようにするべきだ。

竹の筋目の中に千利休は何を見る。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年10月13日 21:44
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シーサー開闢神論

シーサーは単なる守り神なのか。
考えさせられるテーマです。
例えば首里城や御嶽には多く鎮座しております。
それは王や神を守護する役割であり、決してそれは御神体などではない。

しかし、南方地域(東南アジア圏)ではキールティムカという獅子が神話の中に登場します。
キールティムカは輪廻を支配し、天井から世界(宇宙)をみているそうです。
そしてその手には宇宙(あるいは宇宙を含んだ存在)を持って世界をまわしています。
全能の神というわけではありませんが、極めて全能に近いものであり、創造神に近いものがあります。
それが南方の獅子なのですね。

それに対し、その世界の中の水中から世界を見ているのがマカラ、いわゆる鰐です。
この鰐は龍ととらえてもいいのではないかと思います。
天から支配する獅子と地から支配する龍。
それは対極の存在にみえます。

南方神話には宇宙を包み込む蛇の存在も確認でき、その蛇をキールティムカが口にくわえているという絵がよく南方の寺院などに描かれます。
南方では獅子は単なる守護神ではなく、創造神の一種として描かれており、シンガポールやセイロンなど獅子に由来する国名が南方地域に多いのも何となく理解できます。
また、中国北部や韓国、日本など北方地域では龍が創造神的な役割を持ち、獅子(狛犬)がそれに従属(または他の神仏にも仕える)している形式です。
一口にはいえませんが、シーサーは南方地域の獅子ではなく北方地域の文化を色濃く受けた獅子である可能性が強いです。
北方地域の創造神に、獅子はおらず、龍がその地位にあり、皇帝の象徴でもあります。
獅子は「南方=龍とは対極にある創造神」であり、「北方=従属、あるいは守護的な神」であるという図式がある程度成り立ってきます。
私にとってもキールティムカの存在はインパクトが強かったです。

しかし、気になるのが「琉球神道記」に「獅子は仏の化身」とあります。
龍は仏教の世界では仏の守護神です。
そうなると北方地域の獅子の概念もそこで覆ることになります。
でも、ここで同時に本筋が見えてきます。
つまり、龍と獅子は北方においては従属したりされたりという関係でありながらも限りなく対極であり、このニ神のルーツを辿るとそれぞれの創造神に行き着くということです。

沖縄においてシーサーは文化的変遷を経て守護神という地位にあり、龍は国王の象徴であり、絶対的な神でもあるということ。
しかし、元々はシーサーも龍も先祖を辿れば対極、または別の役割を持った創造神であったということです。


参考文献
「聖なる幻獣」立川武蔵著集英社  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年10月08日 19:03
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アマミキヨの実像

ある雑誌で沖縄の創世神アマミキヨのお面のような写真を掲載していました。
アマミキヨは伊波普猷の理論では奄美大島から渡った海洋民族の集団。
これは日琉同祖論に根差すものである可能性が高いですが、様々な諸説があってどの理論が正しいか断定するのは極めて危険です。

しかし同じ伊波理論でもアマミキヨ中国渡来説、奄美大島渡来説と多岐に渡り、焦点がはっきりしません。
伊波理論では奄美大島とひとまず決着をつけた形ではありますが、玉城グスクと同じくアマミキヨが建造したといわれるミントングスクの漢字が「明堂」としてされているのも、明との関係を示唆するひとつのキーワードともとれます。
明の堂、明は太陽であるとも考えられますが私は明国の可能性を考えます。
では仮に明が明国の明であったとして何故、外国である明の名を冠する必要があったのか。
ミントングスクは明の賓客を迎える迎賓館と考えるのは少々乱暴でしょうか。
ミントングスクが存在していたころから地理的にも玉城などの築城技術から考えても交易が盛んであったことは容易に察しがつきます。
中でも中国は絶対に無視できない国のひとつであったことは間違いありません。
おそらくは玉城を居城とし、(つまり首里城と同じ役割)ミントングスクを賓客をもてなす迎賓館(識名園と同じ役割)としたとも考えられます。
すなわち玉城の別邸です。
冊封体制が樹立したのが玉城やミントングスクよりも後の時代だったとしてもそれに似たような体制はすでに存在していた可能性はあります。
その体制により、明国の名を冠するミントングスクの築城に至ったと考えられるのです。

アマミキヨとシネリキヨの二神は兄妹であり、夫婦であったといわれます。
これはあながち日本のイザナミ・イザナギを彷彿とさせるものです。
イザナミ・イザナギとアマミキヨ・シネリキヨの関係についても考察していますがそれはまた今度のお話しということで。

しかし、このアマミキヨのお面のような写真、中国の神農皇帝に似てませんか?
この具現化されたアマミキヨの偶像が意味することは一体・・・。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年10月02日 23:22
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寒くなってきましたね

寒くなってきました。
小さな秋を見つける旅に出ています。
芸術の秋ですね。





夏がどんどん遠退く・・・
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年10月02日 22:14
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お酒と料理の組み合わせ

私はお酒が好きなのですが、お酒のあてに食べる料理はまた格別なものがあります。
数年前、久茂地の居酒屋でグルクンの刺身をあてに久米仙をいただいたのですが、やはりお酒でいただくお料理は味が引き立ち、お酒無しで食べるお料理より美味しいのです。
昨日も寿司屋にて日本酒で一杯飲んだのですがお魚と日本酒のコンビは最高です。
ただ、日本酒は魚以外とはあまり相性はよくありません。
その反面、泡盛や焼酎は万能ですね。
日本酒お腹が膨れるけれど焼酎や泡盛は完全に料理のお供という感じがいたします。
沖縄料理は完全に泡盛との相性がよいですね。
ただ、あまり飲みすぎると食べ過ぎてもしまうのでお腹が大変なことに(^_^;)
何事もほどほどが一番です。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年09月28日 19:51
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空を見れば

空を見れば落ち着く。
海を見れば大きな気持ちになれる。
未知なる大海原に出てみたいと思う。
私に流れる海人の血がそうさせるのだろうか。
今日も海の幸をいただくことができる。
今日もご先祖様にウートートー。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年09月06日 16:53
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壺屋焼

私は数ある沖縄の伝統工芸の中でも壺屋焼が好きです。
魚紋の伸びやかな美しさ、エキゾチックな色合い、使い込めば使い込むほどに出る味わい。
かつては琉球王国の海上交易の一翼を担っていた工芸品であり、世界レベルで商取引された商品でもあります。
現在も読谷と那覇の壺屋に拠点を置き、活動されています。
先日、ある陶芸家の方に魚紋の発案者を伺ったところ、その発案者は仲村渠致元とのことです。
仲村渠致元は壺屋焼の初期の陶工でもあります。
私はてっきり金城次郎氏が発案者と思っておりましたが随分古くから伝統的な手法として存在しているようですね。
  

Posted by 籠屋龍城斎 at 2011年09月03日 23:54
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